日本の祭りはどうなるのか          2015.11.03

今年のハロウィーンが終わった。23年前、米国で留学中の日本の少年が誤って、射殺されたとき、多くの人はこれが何の日か知らなかった。少しの間に大変な変わりようである。外国の祭りを取り入れてまで、騒ぐのは世の中が平和な証拠だが、同じ時期にあった日本の祭りが消え掛けているのは寂しい限りである。

 

敗戦半年前に母の実家がある山口県の村に疎開し、5年を過ごした。ハロウィーンと同じ魔除け、収穫感謝の「亥(いん)の子祭り」が11月にあった。小学校4-6年の男の子たちが中学生の先導で、暗くなってから、家々の前の庭に石で穴を空けて行く。6人ぐらいが輪になって、ヒモで結んだ丸い石をヨイコラサと上げて、降ろすだけ、である。


それぞれの家で何かもらったような気もするが、数十戸の部落を一巡したあと、世話役の家でご馳走になったことしか覚えていない。その席で、酒が出された。初めて口にすると、うまく、その様子を見た大人から4、5杯は注がれた。5年生だった。6年生のときも飲んだ(それ以降、高校卒業の日まで酒は飲んでいない)。今だったら、大変だ。敗戦から2、3年のどさくさの時代だったので、細かなことなど問題にしていなかったのだろう。

(2月か3月に「お大師様」というのがあって、家々を回って饅頭、餅などをもらった。これもハロウィーンと似ているが、今では同じくやっていない、と思われる)


この村も下関市に入り、町になった(この村の東の村=別の市に入った=の出身者が10年近く前、自治会の総務部長をしていたが、「親の面倒を見る」と言って、帰った)。11年前だったか、同窓会で「あの祭りは相当前にやめた」と聞いた。その20数年前、母の弟が「住民の半分以上がよそ者になった」と話していたので、雰囲気が変わったのだろう。ネットで見ると、西日本の習慣というが、よそでも消え掛けている。


ハロウィーンは「万聖節の前夜」だが、仕事で何年か暮らしたウィーンやボンでは、この日は聖人をしのぶ日として、普段以上に静かだった。「万聖節」はカトリックの国では祭日であり、むしろ「騒ぐな」とされている。渋谷などでの出来事は米国からの直輸入。欧州のかなりの地域の人たちは日本のことを知ったら、さぞかし驚くだろう。


日本の勝手と言えば、それまでだが、クリスマス(イブ)、バレンタインの日など、いわゆる本場と余りにも違うのは、いかがなものか。バレンタインの日など、女性から男性に贈り物をする日ではなく、ましてチョコレートとは本来、何の関係もない。日本古来の祭りはやめ、外国の祭りを変えてまで、騒ぐのは商業主義に毒された結果だ、と断じるのは年を取ったせいでもない、と思う。


                                                             D棟  大塚 寿一

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コメント: 2
  • #1

    斉藤 (木曜日, 05 11月 2015 13:51)

    祭りは時代と共に変化もするものだと思います。パークに関して言えば、毎年恒例の久本神社のみこし通過は、長年有志と自治会が引き継いできたものです。これは住民の努力無しでは続かないものでしょうね。また新しく祭りを起こしている方もいて、川崎市の農園フェスもパークの住人から発生しています。また餅つき大会も今年こそありませんが、パーク住民有志がおられるおかげで何年かに一度行われています。こうしてみるとちゃんと身体を動かしている住民がいなければ継承はされないでしょうから、パークの住民の努力に感謝するべきかと思います。日本だ地方がなんだかと言っているより、地元を見つめ直すといろいろ楽しく誇れるものはあるようですよ。

  • #2

    大塚寿一 Dー602 (木曜日, 19 11月 2015 22:06)

     斎藤さん

     ホームページ委員会では何かとお世話になっています。
     
     斎藤さんのコメントは、ひょっとすると、何か誤解があるのではないか、と受け止め、少し説明します。ここに何か書くよりも、直接お話した方がよいのでは、とも考えますが、他の皆さんのことも
    考え、思いをお伝えする次第です。

     私は昔と今を単純に比較したに過ぎません。私の挙げた祭りとハロウィーンはいずれも元は子供の
    祭りで、次期もほぼ同じ、という点で前から関心を持っていました。古い祭りが消える一方で、新しい祭りが出来るのも自然の成り行きでしょう。それは寂しい、と言いたかっただけです。私が投書して数日後に、私が書いたのと同じような記事をどこかで読みました。

     パークは「よそ者の集合体」であり、祭りの意義は間違いなく大いにあります。私も平成15年度、16年度の自治会会長として、秋祭りの運営に当たりました。苦労はしましたが、それなりの成果があった、と思っています。神輿の出迎えもしました。
     個人的にも、この前と後に「焼き鳥」を、昨年はゴルフ会の一員として「焼きそば」を手伝いました。住民としては、1人前以上の働きをした、と自負しています。先の投稿は、一般的な祭りに関する私の思い、と単純に受け止めて頂けたら、幸いです。