パーク悠々と漫歩 Vol 16 ~毎日慎散策しながら思うこと~  宮下 暁氏

                                                                                                      2015.10.05

数年前から、毎朝およそ一時間程度パークの周辺を歩いています。

家族からは徘徊だと言われているのですが、本人は一応ウォーキングのつもりです。もともとは

高めの血糖値を気にして始めたのですが、今では雨の日でも歩かないと何となく落ち着かないくらいの習慣(惰性?)になっています。

 

歩くことの効用は色々あるのでしょうが、その一つに季節の変化に敏感になれる、ということが挙げられると思います(それが効用なのか、と言う方もいらっしゃるかもしれませんが・・・)。

温暖化とか異常気象とか言われますが、それでも季節はキチンと日々変わっているということが実感できます。この時期であれば(この原稿を書いているのは9月の下旬ですが)、あれだけ喧かったセミの声もいつの間にか聞こえなくなり夜は虫の声の天下ですし、二ヶ領用水の水面も真夏の炎天下に比べると落ち着いてきたような感じがします。ドングリやクヌギの実が落ち、ハナミズキの実が赤く色づき、栃の木の葉が茶黄色になり始めています(栃の木はフランス語でマロニエなんですね。恥ずかしながらつい最近まで知りませんでした。パークの栃の木並木もマロニエ並木と言えば何となく違って見えたりして・・・)。

 

ところで、街の中を歩いていると、車椅子を押してもらいながら散歩している方とすれ違うことが増えたように思います。おそらく歩行者の少ない時間帯に外出しようとのお気遣いからか、特に早朝や夕方に見かけることが多いようです。車椅子でも杖を突いていても、ゆったりと散歩ができる街であってほしいと思うと同時に、今は自分の足で歩いたり走ったりできる私にとっても明日は我が身です。一呼吸置いて道を譲ったり、車椅子を押す手伝いをしたりする余裕を持ちたいものだと思っています。パークの中でも、車椅子の方を見かけることが増えましたし、デイケアの迎えの車や宅配給食の業者を見ることも増えたように感じます。以前から言われていることですが、パーク内の居住者の高齢化が進んでいるということなのでしょう。けれども高齢世帯が増えること自体は、別に困ったことでもマイナスイメージでもないと思います。むしろパーク内でのコミュニティがそれだけ充実して、今以上に住みやすくまた過ごしやすくなる可能性があるとも思われますし、ここ数年の管理組合や自治会の動きを見てもそうした方向性が出てきているように思えます。

 

今年6月の管理組合の定期総会で、低層棟入り口の手すりの設置についての議案が審議されました。高齢の世帯が増えるに従い、こうした設備面、いわばハード面での施策が大切になってくると思われます。それと同時にあるいはそれ以上に高齢化に伴って大事なことは、住民相互の思いやり、助け合いの気持ちというソフト面での対応ではないでしょうか。パークの住民同士がプライバシーを尊重しつつお互いにリスペクトを払う、ということでもあります。具体的には、顔を合わせた際の挨拶は勿論、エレベーターやゴミの集積所での扉の開閉時に後続の人に気を遣うというような、言ってみれば当たり前のことで、昔から町の暮らしで広く行われていたようなことです。廊下ですれ違ってもお互いに仏頂面では、自分で自分の生活の潤いを無くしているようなものですよね。

 

これからのパークの毎日の生活が一層楽しく充実した日々になるように、自分でできることから始めようと思うこの頃です。

 

                                                   以上 C棟 宮下 暁