「パーク悠々漫歩」Vol.8  健康づくりの奨め「マイ・パーマネントコース」

 平成27年も明け、我が「パークシティ溝の口」もコミュニティーの高齢化を更に一年更新しました。この確実に進む高齢化社会に漫然と流されることなく、せめて多くの高齢者が健康的に過ごせるコミュニティーにとの願いについては異論はないものと思われます。

 

 高齢者に必要な健康づくりという観点から我が「パークシティ溝の口」を眺めてみると、繁華な市街地に在って必ずしも良い環境には無いようにも思えます。リタイヤ生活に入った我が身に置き換え、この環境の中でどのように健康づくりに勤しんで来たか? 模索し実践してきた内容について紹介してみます。

 

 私はどちらかといえばアウトドアー好みで、現役のころは土・日とかGWのような連休を利用しての山歩きなどを楽しんできました。リタイヤ生活に入り、好きな時に出掛けられ存分に楽しめると期待したのですが、実際は体力の衰えを思いきり味合わされる結果となりました。

 

 これではいけないと考え、一念発起し体力づくりをやり直さなければと考えました。取り敢えず、余り無理をしなくてもよい手頃なウォーキングコースを見つけたいと考え、パークの周りを歩き、紆余曲折を経て最終的な「マイ・パーマネントコース」を設定することが出来ました。以下に、この私の「マイ・パーマネントコース」を誌上公開してみたいと思います。


パーク~久地円筒分水樋編(往路)

 先ず出で立ちです。極めて普通のスニーカー・トレーニングウェアー・帽子に身をかため、小型のバックパック(二点ベルト付き)を背負い3種の神器を携えます。3種の神器とは、①クッション(小型座布団)、②折りたたみ傘、③ウォークマンです。クッションと折りたたみ傘は常にバックパックに収めていて、ウォークマンはポケットに忍ばせイヤホーンコードを背中から回し装着します。特にウォークマンはなくても構わないようにも思えるのですが、或る意味で退屈なウォーキングには貴重な乍ら小道具と実感しています。

 

 D棟4階の我が家から外階段を下り、パーク駐車場棟東側をすり抜け公道に出ます。左折し直ぐにセブンイレブンの角を右折し、高津駅方面に向かう。約200mで二ケ領用水の「平成橋」に差し掛かるが、この橋を渡らずに右折し、二ケ領用水の右岸に沿って下流に向かって進みます。下流の「二子新生橋」、更にその先の「二子塚橋」までの約230mは両岸に植えられた枝垂れ桜が特に見事な一角です。「二子塚橋」まで進んだら、下流は殺風景となるので橋を渡りUターンし、今度は左岸を上流に向かって遡ります。

 

 ここから「久地円筒分水樋」までは、基本的に二ケ領用水の左岸に沿って遡ります。「二子新生橋」を遣り過ごし最初に出合った「平成橋」まで戻ったら、そのままパークから高津駅への道を横切り、水路の左岸を進み続けます。次の橋である「二子南橋」、その次の名前の無い「?橋」(傍らにNTTdocomoショップ溝ノ口店有り)までの間約150mは道幅も狭くなり植樹が途切れています。この「?橋」は、武蔵溝ノ口駅前からポレポレ通りを斜めに横切り府中街道に抜ける道になっています。この道を横切り、更に上流に向かうと約130m弱で「新雁追橋」ですが、この間の枝垂れ桜は、主に左岸に沿って疎らに植わっているようです。

 

 この「新雁追橋」から約60mで東急線のガードと交わるが、この傍らにイタリアンレストランがあり、イタリア人らしいオーナーシェフが開店前に時々外のテーブルで賄い飯よろしく一杯やっているのを見かけます。店が繁盛しているかどうかは定かではないが、よくこんな処で本格的な外人レストランが成り立っているものだと関心を惹かれます。この東急線ガードを過ぎ約60mで「曙橋」となるが、「新雁追橋」から「曙橋」にかけても枝垂れ桜が両岸に植わっているが左岸の方が多いよう。「曙橋」から約130mで大山街道にぶつかるが、この間の枝垂れ桜は主に対岸の右岸にのみに植わっていて左岸には少ない。

 

 街道には石灯籠まで配した立派な「大石橋」が掛かっています。ここはこのコース中で最も車の多い交差点で、信号も無いことから横断には唯一気を遣うところとなっています。流石にバスの運転手さんは一時停止してくれることも多いが、注意して渡ろう。大山街道を横切り、そのまま左岸を進むと約100m強で「西浦橋」ですが、この間の枝垂れ桜の植栽はこれまでとは逆で左岸に多い。この「西浦橋」から次の「濱田橋」、その次の「法泉坊橋」までの約200mの間はレンガ敷きの綺麗な歩道が整備されていて歩きやすい。この間は枝垂れ桜が両岸に植わっていて見事であるのと、歩道のレンガには二ケ領用水にまつわる生物(鯉・ナマズ・ザリガニ・カルガモ・ヤマセミなど)の絵タイルなど嵌め込まれていて楽しい。

 

 左岸のレンガ歩道は「法泉坊橋」で切れ、この先の国道246号線までは道の反対側となる民家側に付いているので、「法泉坊橋」を渡りここだけ対岸となる右岸沿いのレンガ歩道を行く。約50mで国道246号線を跨ぐ歩道橋に差しかかるが、この歩道橋の手前にこのコース唯一の休憩用東屋が設置されている。この東屋は用水上の暗渠の真上に配置されていて、用水路の両岸の枝垂れ桜が作る桜のトンネルを眺めるには絶好の位置にある。また、この暗渠の下は用水路に放たれている鯉の絶好の棲家となっているらしく、暗渠の入り口は一年を通じて大きな鯉の群れと戯れることができる場所。ここから国道246号線を跨ぐが、階段46段を上り、陸橋上を約50m進み、階段55段を下ります。下り切ると国道246号線の下を暗渠でもって通じている二ケ領用水に再び出合います。ここからは、また用水路の左岸に沿って進む、約30m先にある無名の「?橋」の間までは普通の桜が両岸に植わっていて、満開時にはちょっとしたポイントです。

 

 この橋から約100mで次の無名の「?橋」に至るが、この間には山茶花が植え込まれています。赤とピンクの2種類があるが、特に八重のピンクの花株が満開となった時は美しい。ここからは突き当りまでは右手のアパートのベランダの前を通るような通路を進みます。この突き当りには鉄板を敷いた橋が掛かっています。この橋を渡らず右手の民家の間を通る道を約70m進めば、二ケ領用水の「久地円筒分水樋」が突然現われます。

 

 此処は「二ケ領用水久地円筒分水」として国に登録された「有形文化財」です。この分水樋の周りは小公園になっていて、東側に立派なソメイヨシノと思しき桜の巨木が3本並んでいます。春は花見客でちょっとした賑わいです。ここの桜は周りに並立する木々がなくのびのびと枝を伸ばしていて、見る人々に感動を与えます。そのせいで、花見時は場所取り合戦にまで及ぶそうです。

 

 この桜を見ていると、パークの桜並木通り中ほどの貧弱な桜を思い出します。パークのその桜は周りの常緑樹との生存競争に負け、貧弱な枝に疎らな花しかつけず可愛そうな姿を呈しています。この円筒分水樋の西側には、桜の巨木をバックに分水樋全体が眺められる「芝生の雛段」が設けられています。北側は、水飲み場と二振りのベンチが配された芝生広場です。ここには日頃、近隣と思しき保育園の園児が保母さんたちに導かれ、替わり立ち替わり戯れに訪れます。南側の隅にも水飲み場とベンチが二振りあるが、この一角は余り広くはありません。

 

丘陵登り&ストレッチ編

 マイ・パーマネントコースとしては「円筒分水樋」北側の芝生広場を突っ切り、芝生の雛段横の階段を8段ほど上り、平瀬川沿いの車道に出ます。これを左折し分水樋を半周する形で更に左折し、246号線の「切り通し」方向に向かう道を東進します。

 

 約170m行くと「浄元寺」というお寺の角に着きますが、ここを右折してお寺の正門前を通り山登りの道に分け入ります。寺の正門前を過ぎると直ぐに階段登りが始まり、緩急4ブロック合計87段の登りとなる。階段を登り切ってからも急坂が続き、更に130mほどカーブしながら登り切ると丘陵の頂稜道路に突き当ります。

 

 この頂稜道路の南側は下作延7丁目・北側は久地一丁目となっていて境界道路となっているが、これを右折して西に向かって進みます。東西に細長いこの丘陵は多摩丘陵地の一部と思しく、比較的高級な住宅地として開発されていますが、この頂稜道路を進むと、ところどころで住宅の合間から南西方向に丹沢山塊を手前においた富士山が望まれ、南に下ると津田山駅に至ります。

 

 この頂稜道路を西に約180m進み、「久地不動緑道」と表示のある道を右折(北進)します。この右折した道路の右手の谷に「久地不動尊」があり、谷の下の方角は都心方向の眺めが良い。ここからは道は緩い下り坂となっているが、暫く直進のあと大きく蛇行し約250m進むと車止めが有り階段となります。この階段26段を下り、更に緩く40mほど下ると「久地神社」の一角に出るが、回り込んで更に30mほど進み神社の鳥居が左手に並ぶところで下りが終わります。

 

 下り切った角を右折し、「久慈不動尊」の入口の道をやり過ごすと再び平瀬川沿いに出ます。平瀬川の橋を渡ると元の「久慈円筒分水」の南西角に戻ったことになり、丘陵登りコースを一周してきたことになります。高低差はほぼ我がパークの最上階分は優にあるでしょう。

 

 再び「円筒分水」に戻ったところで北側の芝生広場に戻り、背負っているバックパックを下ろしストレッチに取り組みます。首から足までの各部ストレッチに加え、腕立て伏せ・腹筋などをルーチンとしていますが、ここのベンチは腕立て伏せ・腹筋運動の補助用具として非常に役に立ちます。普通のベンチと違い、背もたれがなくフラットで非常にシンプルにできているためです。真ん中にゆるい扇状をした鋳物の肘掛けで左右を分けていますが、それぞれに二人が掛けられる大きさです。この真ん中の肘掛けに足を引っ掛け、逆反りの深い腹筋運動ができるので便利です。この腹筋運動の時に、三種の神器の一つであるクッションが必要となるのです。クッション無しで毎日やると尾てい骨の皮を擦り剥いてしまう経験からの防御策です。

 

 また、このベンチは腰掛け部分が天蓋を兼ねた用具入れになっていて、公園の掃除道具(箒・スコップ・鎌等々)が収納されています。もちろん鍵が掛かっていて、時々ボランティアの方々がこの用具を取り出し周りを清掃しているのを見かけます。我が、パークのベンチは廃されてましたが、このスタイルで再配置されたら・・・と、つい思ったりします。更に、この広場で出くわした保育園の園児が、私が腹筋などをしていると「何をしているの?」とあどけない顔で質問をしてきたりします。無邪気で好奇心に溢れた園児達は、微笑ましく、見ていて正に「国の宝」という実感が沸くものです。また、円筒分水樋」ではカルガモが戯れたり、偶には鷺が飛来します。白い鷺なので勝手に「シラサギ」と思っていたが、歩道の絵タイルの表示からだと「ダイサギ」という種類だそうです。


久慈円筒分水樋~パーク(復路)

 約20分のストレッチ・筋トレを終えたら帰路に着く。再度、「分水樋」を半周し、今度は「二ケ領用水」の右岸に沿って下流に向かって進みます。始まりの角は柵に囲まれた小規模な梅林になっていて、春の訪れを真っ先に教えてくれます。惜しむらくは、あまり手入れが良くないのが玉に瑕といった趣です。

 

 梅林の角から約60mの鉄板橋を過ぎ、2番目の「?橋」から3番目「?橋」までの約100mの区間は、近隣の人達が用水路脇に草花を植え世話をしているようです。様々な草花が四季を楽しませてくれるが、「スズラン」を咲かせてくれている人がいて珍しい。普通「スズラン」は、北海道や、本州では涼しい高原地帯に育つ可憐な花。背丈も低く人目につきにくいが、毎年五月頃ひっそりと咲く清冽な姿には感動を貰っています。

 

 まもなく、国道246号線の歩道橋を渡り返し、「枝垂れ桜並木」の続く用水路沿い右岸の歩道を「法泉坊橋」「濱田橋」「西橋浦」とやり過ごし大山街道まで進み「大石橋」に至ります。車に注意し大山街道を横切り、そのまま用水路右岸を行きたいところだが、この先は高津駅前を避けて府中街道から大山街道に抜ける裏道として利用する車輌が多いため「大石橋」を渡り左岸を歩くことにします。

 

 左岸は往きに通った道となるが、そのまま「曙橋」「新雁追橋」NTTdocomoショップ傍の「?橋」「二子南橋」をやり過ごし「平成橋」に至ります。ここで「平成橋」を渡り、二ケ領用水に分かれを告げパークに向かって戻ります。

 

 駐車場横の通路をぬけパーク敷地内に戻ったら、D棟の一番手前の外階段に取り付きます。ここから最後の難関、14階までの階段188段の登りに挑みます。流石に途中、いま何階を登っているのかあやふやになるが、登り切ると何とも言えない達成感を味わえます。最上階からはクールダウンを兼ねた階段下りとなるが、ひと先ず三つ目の外階段口まで横通路を進みます。この横通路では右手遠望として富士山が迎えてくれますが、空気が乾いている日は真西に南アルプスの一角も遠望できます。

 

 ちょうど丸井の建物の直ぐ左に遠望されるが、何れも3000m峰となる「間ノ岳」、「農取岳」と思われます。「間ノ岳」の右に日本第二の高峰「北岳」が連なっているが、手前の山に阻まれ見えません。都会のマンションに在りながら、富士山を入れ3千メートル峰3座を同時に眺められる贅沢な処ともいえます。この眺望は外階段を最上階から3階分も下りると、手前のビルが遮りはじめ眺めることはできません。クールダウンを兼ねた下り階段は、3階毎の横通路を横に振りながらゆっくり降り自宅まで戻ります。往復約1時間20分、距離にして約4kmと思しき散歩も完了を迎えます。

 

 以上が私のマイ・パーマネントコースの概要です。原則毎日、余り所用のない日は午前・午後の2回実施しているが、お陰で山歩きがだいぶ楽になった。もちろん人によって趣味や考え方が異なり、万人に薦められる内容ではありません。しかし私達のパークの周りには、こんなにも素晴らしい自然環境が探せば在るわけで一つの財産と考えられます。特段のお金も掛からず、一定の健康づくりやストレス解消にも繋がり一挙両得ともいえるこの環境に、日々感謝しています。

 

 しかし、周りにくらべ環境が整っていると思われる我が「パークシティー溝の口」といえども、余り広くもない部屋に一日中籠っていると、気も塞ぎ、他人や敷地環境などへの不満が高じ勝ちになることも考えられます。特に、現役を引いた高齢者においてその傾向が表れ易く、過度なコミュニケーショントラブルを惹き起す懸念が強まっているのではないでしょうか? そういう意味から、我が「パークシティー溝の口」の高齢者は、出来るだけこの敷地から外に足を向け、周囲の環境を積極的に利用するのも一興ではないでしょうか? 敷地内に籠り、有らぬ粗探しに現を抜かし、ストレスを溜める遇を避ける意味での選択肢として、参考になれば有り難いものです。


あとがき:「二ケ領用水」について

 最後に「二ケ領用水」の今昔について少し触れてみます。由来を紐解いてみると四百年以上前に遡るとのことです。戦国時代、関東の盟主であった小田原の北条氏が豊臣秀吉に滅ぼされ、徳川家康が駿府から移封されました。江戸に拠点を移した家康は、周辺の治水や水田開発に注力し実力を蓄え、関ヶ原の戦いに勝利し最後は天下人にのし上がります。徳川幕府は250年以上もつづき、その後、江戸は東京と名前を改め世界的な大都市へと変遷を遂げることになります。


 「二ケ領用水」は関ヶ原の戦いの数年前に家康によって指示され、14年に渡る工期(1597~1611年)の末完成され、現在400年を数年越えています。取水口は多摩川の稲毛・宿河原地区にあり、下流は大師河原までの一帯を網の目のように水路を張り巡らせた一大穀倉地として幕府を支えてきました。


 「二ケ領用水」の名前の由来は、当時の「稲毛領37ヶ村」、「川崎領23ヶ村」の二ケ領にまたがった用水路からのもの。「久慈円筒分水」は、度々起こった下流地域の水争いを撲減する目的からの分水装置をより公平な分水機能をもった装置として近代(1941年)になって改良された姿です。


 我々の住むこの「溝の口」という地名も水路として張り巡らされた「溝」と関連していると想像されます。「久地円筒分水」からは四つの水路(「根方堀」「川崎堀」「六ケ村堀」「久地・二子堀」)に分水されています。今回紹介した散策の水路系は「川崎堀」という水路に当りますが、分水樋を見てみると全体の75%にあたる水量を引きこんでいることが分かります。これは下流域の灌漑面積が広いことから来るのであろうが、現在の中原区・幸区・川崎区にまで伸びている様子です。


 「二ケ領用水」のもう一つの顔として、近代になってからの工業化への貢献も記されています。日本初の「公営工業用水道」への配水が成されたとのことで、川崎の工業都市への変遷に大きく貢献していて、代表的な事例としては臨海地区に展開された旧「日本鋼管」への配水などを代表に京浜工業地帯の発展に寄与しています。


 今回の「マイ・パーマネントコース」は長大な「二ケ領用水」の中のほんの一部に当たり、「久地円筒分水」から流れ出る「川崎堀」に沿った下流1.5kmほどの区間です。印象が最も大きいのはこの区間に多く植えられている「枝垂れ桜並木」と、趣きのある「橋」の名前などです。


 私の気に入った「橋」の名前ベスト3は「法泉坊橋」「新雁追橋」「曙橋」。余談ですが、大山街道として架かる「大石橋」は昔2枚の大きな石によって渡された橋だったことから由来していることがネット検索で分かりました。「川崎堀」の下流にあたる平間村(現在の南武線平間駅付近)には、赤穂浪士が江戸入りの前に10日ほど潜伏し、大石内蔵助が「討ち入り10カ条」をしたためた処としての逸話があります。この赤穂浪士の首領「大石内蔵助」と川崎堀で繋がったこの「大石橋」とが、何らかの由来でもあるのかと、今までは空想していたのですが、全く関係が無いことが分かりました。散歩の効用として、見聞をもとに勝手な空想を広げ、昨今便利なネット検索を通して確認することも脳の活性化にも繋げられるのではないでしょうか。

 

H25年度理事長  村本 顕一

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コメント: 3
  • #1

    NT (火曜日, 03 2月 2015 10:57)

    自分は後期高齢を迎えましたが、イトーヨーカドー屋上テニスとゴミ拾いを兼ねた早朝散歩を趣味にしています。村本さんの大変参考になる散歩コースの紹介文を拝見し、桜の咲くころには是非散歩したいと思います。

  • #2

    JM (火曜日, 03 2月 2015 13:41)

    すばらしいですね、ウオーキングは健康維持に最適ですからね。二カ領用水の歴史も大変勉強になりました、ありがとうございます。

  • #3

    大塚寿一 D-602 (木曜日, 19 11月 2015 16:07)

    やや長いが、面白いお話しでした。

     D棟から富士山が辛うじて見えることは、私も確かめています。しかし、南アルプスがマルイに向かって、左に見える、というのは何かの勘違いではありませんか。南アルプスは富士山の北西に
    あります。富士山より相当低く、見えない、と私は思いますが、見えるとしたら、左ではなく、右のはずです。
     地図で、ご確認下さい。