「パーク悠々漫歩」 Vol-5 「エレベーター養生」考

コラム:「パーク悠々漫歩」

Vol-5 「エレベーター養生」考

 

前回のコラム(Vol-4)で、「エレベーター待ちの間にも蚊に刺され・・・云々」の話を披露した。今回は、その延長線ではないが、高層棟における日々のエレベーター待ちの中で感じた処について記述してみたい。

 

昨年度の長期修繕事業の一つとして、30年以上経過し老朽化したエレベーターのリニューアル工事が完了した。多額の投資を要したが、省エネ化・乗り心地の改善を含めご努力をいただいた修繕専門委員会の皆さんには素直に感謝している。そんな中、綺麗になったエレベーターを日々利用していて唯一ともいえる疑問が湧きだした。

各棟とも同じ筈ですが、2基あるエレベーターのうち片方のエレベーターは傷対策のための養生フェルトが貼り廻らされている。これは、宅配業者などによる内壁への損傷を防ぐ目的であり、一見止むを得ない対策と理解している。

しかし、エレベーター待ちをしているときの素直な感情としては、やはり養生していないエレベーターのドアが開いて欲しいと願うのは、ひとり私だけであろうか。スタートした当初は、養生について「止むを得ない」という心理でしたが、養生を貼りめぐらされた方のエレベーターへの乗り合わせが続くと、綺麗な方のエレベーターに乗りたいとの心理に駆られるのもまた然りではないだろうか。

 

 ここで、エレベーターの養生について少し掘り下げて考えてみたい。よく考えてみると、養生はエレベーター内壁が傷付けられるのを防ぐ目的から取り付けられたものですが、折角リニューアルを終えて綺麗になったエレベーターを堪能出来ないことに疑問を感じない訳ではない。養生で覆われたエレベーターに乗っていて、「鶏が先か卵が先か?」論に似た心理に思い当った。つまり、「傷が先か養生が先か?」という論になるが、、、

① 傷が付かないために養生する

② 傷が付いたから養生する

のどちらが良いのだろう?

勿論、現在は①の「傷が付かないために養生する」の論理によって養生が実施されている。仮定ではあるが、このまま向後30年以上も養生を続け再び更新時期を迎えたときに、守り続けてきた無傷の内壁面にどんな価値があるのだろうか?住民は、その綺麗だった内壁面のエレベーターを一度も味わうこともなく更新する羽目になる。

極端な話ではあるが、②の「傷が付いたから養生する」理論に従えば、綺麗なエレベーターを実感できる時間をある程度は持てる筈である。勿論、その時間が多く持てる保証はなく、大きな期待には繋がらないのも、また然りである。

 

 引越しなどに代表される一時的な養生は、誰もが納得であろう。しかし、終わりが無いと思われる半永久的な養生の必要性については、再考の余地はないのだろうか?

現在、大多数の皆さんの支持が得られるほどの名案が私にもある訳ではない。少なくとも、現行の養生については上記したような矛盾を感じている。住民の皆さまはどのように感じているのだろうか。

 

例えばであるが、現行の養生を思い切って撤去し、ある程度まで傷が付いたところでその傷を覆う目的と美観を兼ね備えた必要最小限の養生を考え出し適用する。この時の新しい養生案は極力小面積に止めるように努力することとし、住民の皆さんから広くアイディアを募集するのも一興ではないだろうか?採用された場合は表彰とか報奨金を配るなどの活性化に繋げるのも良いかも知れない。勿論、荷物持ち込みを兼用とするエレベーターの区分や、業者等に対する誘導活動の継続については手を抜く訳には行きません。寧ろもっと徹底できる更なる新しいアイディアが盛り込まれることの方が望ましい。必要最低限の養生で済ませるイメージとしては、最も傷を付け易いと思われる台車などによる傷に対しては、床から20センチ程度の交換可能な透明な感じの養生で済ませられないだろうか。その程度なら、或る程度、我慢の許容範囲に入るような気もする。

 

以上、縷々記してみましたが、決定的な妙案を提案できないジレンマを感じています。言いたいことは、折角リニューアルして綺麗になったエレベーターについて、その快適性を犠牲にしている現行の運用方法は、本当の意味で正しいと言えるのかどうかと疑問を感じ一石を投じてみた。少なくとも、あの重苦しい現行の養生策を未来永劫続け、そのエレベーターの内壁を守ったところで「守られたその綺麗な内容を永久的に感じることのできない矛盾」について皆で考えてみるのは、如何だろうか。

是非とも、素晴らしいアイディアが住民の皆さんの中から提案され、快適さを享受できる日が訪れることを渇望して止まない。具体的なアイディア募集としては、懸賞付き公募とかパークCaféなどでパネルディスカッションし練り上げるなども考えられる。

 

昨年度管理組合の一員として現行の養生案を実行推進した筈の私自身が、このようなコラム内容を執筆し、自己矛盾に陥っている感覚にも捕らわれます。もしかすると自己矛盾を棚上げしてこのようなことを記す権利はないのかも知れない。そんな中に在りながら、あえて最近つのってきた思いとして記述してみた。或る程度の批判は覚悟しても、私達の生活環境が快適性において少しでも改善されることを願う思いからである。是非とも住民の皆さまから、より良い改善アイディアが生まれ、適用される日が訪れることを切望したい。

 

 

                     H25年度管理組合理事長 村本 顕一