理事長になろう!VOL.2 ~役員抽選当選から一年間の軌跡~

理事長補佐・広報担当
鈴木寿一郎

 

記憶が曖昧な部分もありますが、一年間の出来事と心境を語ります…

 

■4月  =赤紙来る


・赤紙きたる …「管理組合役員抽選に当たりました」手紙が投函された。
ええ!!! 参ったなあ仕事が大変なときに(震災関連)、なんとしても辞退しなければとってもたまらない、そういえば奥さんにエレベータ下で抽選に行って、はずれくじ(見える場合もあるらしい)を引いてくれと頼んでおいたのだが…
同じ棟の、親しい方(テニス知り合い)に代わっていただけないか頼むも、「鈴木さんのような人が役員やったほうがパークのためになる」とうまくかわされる。

 

・住棟役員から説明と承諾書捺印を求められる。


なんとか辞退できないんですかねえ 理事長に事情を(現役多忙&震災影響が仕事にある)旧役員からも電話で言ってもらうが認められず、説明を受け、しぶしぶ捺印をする。

 

■5月  =理事長指名  超赤紙来る


・役職者決定会議を欠席 その後 超赤紙来る 「理事長に選任されました」、後に漏れきいたところでは、欠席者抽選最後の一枚だったそうです。
説明を受けた住棟役員と管理センターに泣きをいれるも、次期役員と相談するしかないですねと言われ、真剣に引っ越しを考えるも、奥さんに「子供の学校もあるし、そんなに急に引っ越せるわけないじゃない」と至極当たり前のことを言われ、なんとしても理事長は、拒絶しようと固く決心する。

 

■6月  =次年度役員初回顔合わせ(合同会議は、5.6月次年度役員が見学することが励行されている、もちろん5月は欠席)


・会議見学中にますます、絶対拒否の意思を固め、会議後、次年度役員初顔合わせで、仕事の事情でどうしても理事長は引き受けられないので、どなたか代わってほしいと懇願するも、「協力はしますから」と 全員にかわされる。

※ 仕事もあったが、総会も欠席
※ 前理事長と話し合いが一度あったが、自己の拒否反応強く、あまり熱心には聞けなかった。

 

■7月  =初合同会議


・知っている方は一人もおらず、先月の懇願シーンもあったのでなんとなく気まずい状況にてなにもわからず、管理センター主導で第一回会議終了、なんで 合同会議で住棟委員長と交代で司会をするのかも良く理解できていなかったし、役員報酬は、こんなお小遣いはありえない、最低限 拘束時間の神奈川県最低時給は保証すべきと叫ぶ。

 

・理事長就任の広報誌原稿を書く、不思議なもので、書いた以上 「やるしかないかなあ」という気分に少しなりはじめる(仕事が大パニック状態から落ち着いてきたといこともある)


・という良い方向に向き始めたところで、山本さんからFBで「みつけちゃいましたあ」というトモダチお誘いメールがきて、FBにパーク管理組合2011という非公開グループを立ち上げる。


・(時期が曖昧だが)修繕委員会に呼ばれ三井さんとの交渉の場に立ち会う、その後鵜川所長から 矢野さんにお会いになるといいですよとアドバイスを受ける。実際お会いしその崇高な人格と自分の貴重な時間をパークのために真剣に貢献する姿をみて、感動しやる気になる。

 

■8月  =暑かった(閑話休題―高1の娘と二人でソウルツアーに行きました)


・夏休みということもあり、記憶があまりありませんが、広報誌にも書きました 役員複数年化とIT化の実現を施策としてやりたいと叫ぶ。

 

■9月  =防災訓練 &初の飲み会でスイッチはいる


・防災訓練では、防災統括部長という役職でヘルメットをかぶせられ、腕章をまかれ挨拶をした、その後 初の修繕委員会メンバーと役員有志での飲み会を実行し、矢野さん以下修繕メンバーの行動に、住民として頭が下がる努力熱意に接し、ここでスイッチが入る。

 

■10月 =必ず複数年化を実現させる宣言、秋祭り(自治会との交流開始)


・スイッチが入ったため、必ず実現という意思を伝達し、強烈にウエブリニューアル含め推し進める、ようやく管理組合の全体像が見えてきたため、管理会計の見直し、D工事他さまざまな課題案件を理解し、月ごとの投書もしくは解決決定すべき問題を自信持って処理できるようになりはじめる。


・秋祭り、自治会に協力する、加藤会長とも懇意になり会議の相互参加をスタートさせる。

 

■11月 =役員OBとのやりとり


・理事長就任以来、多数のメールを頂いた、経験知見と力は借りたいので、メールでのやりとりが頻繁になる。管理会計の問題、自治会との関係、過去に遡ってたくさんのアドバイスを頂きとても参考になった。

 

■12月 =ウエブプロトタイプ完成


・山本さんの尽力により、プロタイプが出来上がり、流石プロの技でとても満足。このころから、仕事よりも理事長のほうに意識がより行くようになる。


・役員忘年会、修繕忘年会を経て、役員および委員と意思疎通もあり一体感が醸成されてきた。年頭挨拶広報誌原稿を書く(このころはすでにとても前向き)

 

■1月  =継続役員の人選


・ここは強いリーダシップで押切にはいる、どうしてもあと一名が決まってこない。

 

■2月  =継続役員決定、勉強会の開催


・男中西さんのおかげで、9名の人選が内定する。


・鈴木忍さんの提案で、管理会計の勉強会を会議後行う、とても自分自身勉強になり、役員も理解が深まり、来期に向けてかなり改善しないとならないと改めて認識する。

 

■3月  =ウエブ 改善 自治会でスピーチ、FB盛り上がり


=鵜川所長転勤の悲報→管理会社社長に直訴電話で陳情するもかなわず
=表彰制度の設定

 

・ウエブもだいぶ軌道にのり、自治会総会でウエブコミュニケーションを進めるスピーチ後、高齢者の方に、PC使わないので救済策を強く求められる。非公開FBの盛り上がりが強くなる。

 

・頼りにしていた鵜川所長の転勤情報が入り、三井管理サービスの社長に電話で大切な時期なので撤回を求める陳情をするもかなわず…

 

・報酬改定見直し議題で、修繕委員会に打診するも辞退され(報酬をそれなりにもらってしまうと悲しいかな 住民からあたりまえのようにやれと言う人もいて、そうすると修繕がうまくいかなくなるし、ボランティア精神が傷つくので という理由)

代替案として、住民表彰制度を思いつき制定し、第一回表彰者を修繕専門委員の矢野さんと前所長の鵜川さんの二名を合同会議にて提案、承認決定する。

 

■4月  =次期役員選挙、次期予算緊急会議


・一年前を思い出し、赤面しながらも、なんとか各棟役員員数をそろえられた。


・予算会議を二度ほど招集、やはりこの議論を経ないで、何もわからず決まった予算をやってねと言われた次期役員は、責任がもてないだろうなあと思う。


・新自治会長にも合同会議に出席いただく。

 

■5月  =次期役職者担当会議、合同会議最後の司会


・継続役員同席の下、スムースに三役以下決定、複数年化のメリットを改めて認識する。


・合同会議最後の司会、スイッチが入って以降は、仕切りまくり(高木さんに窘められながら)の司会で、最後は少しさびしかった。

 

■6月  =最後の合同会議と打ち上げ


・基本総会段取りであったが、最後にきてベンチ問題が沸騰する。


・打ち上げはとても よき懇親会であった。

 

※住棟部会 仕組みも初期は理解できなかったが、住棟部会は5分で議題を終わらせ中長期の持論を伝える。
※住棟総会、全体総会


高木さんの名議長には足元にも及ばないので地で司会(かなり遠慮したが)、メール等々の感想では、納得&お褒めのお言葉も複数いただいたので よかったのかなと思う。

以上 書いてみると あっという間のような気もしますし、人生の中で貴重な時間だったような気もします。

 

ps; 総会で、質問がありましたので懇親会飲み会は自腹会費制で実行し、(理事長報酬3万円すべて拠出)最後の合同会議打ち上げのみ組合諸経費を使いました、近くに住んでいるとはいえ知らないモノ同志が仕事をするので、役員コミュニケーションはとても重要であり、今期は予算化しましたので、常識の範囲内で経費を使います。(お小遣いのような報酬で、これだけ時間と労力を使ってさらにお金持ち出しというのはおかしいと思いますから)

 

●次期役員およびこれから役員になられる方は、年間の動きとスイッチオンをぜひ参考にしていただき(前半 理事長拒絶ジタバタは除いてください)、よりよきパークシティのために 頑張りましょう!!!

 

以上

 

理事長 鈴木寿一郎

 

次回をお楽しみに…ご意見ご感想をいただければ幸いです。

 

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